【怖い話】ラプンツェルの塔

長編の怖い話



私の地元には“ラプンツェルの塔”という名の心霊スポットがある。
廃マンションで、何度、工事をしてもその度に工事を行う作業員の間で事故が起こり、いつしかその場所は放置されるようになった。
なんでも、夜中になると、長い黒髪が屋上から垂れてくるので、それ故に童話のラプンツェルを由来にして“ラプンツェルの塔”と名付けられた。屋上の怪異以外にも、屋上へ向かう途中にも様々な怪現象が起こると聞かされていた。地元の霊能者いわく、浮遊霊の巣窟みたいになっているらしく、いわば『幽霊達の住むマンション』みたいになっているらしい。

私と同級生の友人達は、その超危険な心霊スポットに肝試しで向かう事になった。
友人のアユナと、レイカの三名だ。

元々、心霊スポットに行く経緯になった事を話す事にする。

アユナとレイカの二人は、所謂、ギャルといった類の人種で、私はどちらかというと、髪の毛も染めない普通の女子高生だったが、何故か二人とは波長が合い、よく仲良くしていた。私は黒髪だったが、アユナは茶髪に染めていて、レイカに至っては完全な金髪だった。

「ユリは優等生だもんねえ、仕方ないか」
アユナはそんな事を皮肉る事なく、私に言ってきた。
そんなアユナは限りなく金髪に近い色に染めていた。進路相談の時には、美容系や芸術系の専門学校と述べたみたいだった。私の方は偏差値が60はあったので、それなりの大学に行こうと考えていた。レイカの方は高校を出たら普通に働く事を考えていると言っていた。

受験は一年くらい先だが、友情を強く結びたい、といった感じの趣旨で私達は肝試しに向かった。怖い場所に行って、怖い思いを共有できれば、絆が深まるのではないかと。

私はあの時、止めるべきだったと、希望の大学に入った今でも後悔している。

心霊スポット“ラプンツェルの塔”に向かったのは、ハロウィンの時期くらいだった。街中では、お化けカボチャが並んでおり、怪物や幽霊のグッズが沢山、店で売られていた。コスプレ・パーティーとかしたいよね、と三人で話し合った。

そして、私達三人は、よりにもよって“一番、危険な時間帯”とされている丑三つ時に、ラプンツェルの塔へと向かったのだった。

その場所は、本当に不気味だった。
廃マンションであり、非常階段の扉の鍵が壊れていて、誰でも入れる場所だった。肝試しに行ってきたという、男子いわく、昼間に四階辺りで気味が悪くなって引き返したと聞かされた。自分達は屋上まで行ってみようという話で盛り上がった。

「ねえ、もし本当に何かあったらどうする?」
レイカはけらけらと笑っていた。
「屋上まで行ったら、途中で帰った男子たちに自慢出来るね」
「なら、向こうも対抗して、屋上で一晩中過ごすとかやったりして」
「それやったら、学校中の伝説になれるよ!」
そんな話をしながら、私達は非常階段の扉を開けて、中へと入った。

…………、寒気がする。
私は、まず、そう感じた。
異様なまでの寒気だ。
十月だというのに、真冬のような…………、いや、悪寒としか呼べないような寒気だった。階段を上がろうとすると、物凄い重圧のようなものを感じる。
アユナとレイカも顔色を悪くしていた。

「どうする?」
レイカが私とアユナに訊ねる。

此処まで来て、すぐに戻るなんて在り得ない。
せめて、男子が行ってきた四階までは登ろうという話になった。

非常階段を三名で登っていく。
一階から二階、二階から三階へと上がる階段を登っている途中、何故か電気なんて通ってない筈なのに、ボイラーの音が聞こえてきた。私達は気味が悪くなったが、空耳だろうと言って、せめて四階まで上がる事にした。男子達は四階の廊下に行って、とても怖くなって帰ってきたらしい。ならせめて、自分達もそこまでは行って自慢しよう。

そうこうしているうちに、私達は四階に辿り着いた。

四階の廊下を見ると、何か人の気配のようなものがした。ガタガタ、ガタガタ、と不気味な音が聞こえてくる。

「ねえ、あの物音、なんだと思う?」
私は他の二人に訊ねた。
明らかに人がいるような気配がするのだ。ぶつぶつ、ぶつぶつと、何か話しているような音が聞こえてくる。

「ちょっと行って、見てこようか」
このマンションは、外の廊下側から、部屋の中を窓から覗き見る事が出来るみたいだった。
私とアユナの二人が四階の廊下から、人の気配がする部屋の中を覗き見てみる事にした。

レイカは非常階段の処で待つと言った。物音がする部屋は、窓は半透明になっており、部屋も中を覗く事が出来る。私とアユナの二人で中を覗いてみる事にした。最初は、先にこの心霊スポットに入った別の誰かだろう、と勘繰った。

窓から家の中を覗き見てみると、汚らしい部屋に幾つもの粗大ゴミらしきものが置かれていた。何処かから拾ってきた冷蔵庫に電子レンジ、そして、TVがあった。何者かがTVを見て笑っていた。当然、電気が通っていないので、TVは映らない。

白髪の老人だった。
TVを見て笑っていた。

おそらく、ホームレスか何かの類だろう。
この廃マンションを寝床にしているのだ。
怖い、と同時に、どこか安心した。
生きた人間だ。
ここには、人が住んでいる。なんとなく、私とアユナは安堵感のようなものを覚えた。

アユナの方は、少し蒼ざめていた。
私の袖を引き、非常階段に戻るように催促する。

非常階段に戻ると、アユナは奇妙な事を言い出した。
「免許証が落ちていたの……、あの家の中にいた人だと思う」
アユナは視力が良い。
それはみんなの評判だった。

「そうなんだ。気が付かなかった」
「若い男性の顔写真だった。ちょうど、あのお爺さんが若い頃の写真だと思う……」
「ふうん?」
「私の見間違いじゃなければ、発行日は最近だった…………、意味が分からないけど……」
つまり、あの老人は最近まで若かったという事なのか……? アユナは何を言っているのか意味が分からなかった。アユナはさすがに文字が小さ過ぎるから、私の見間違いかも、と言う。彼女の両眼の視力は2・0を超えていた筈だ。

「とにかく、先に進んでみよう。屋上に行って、男子に自慢しよう」
レイカが私達二人を奮い立たせる。

非常階段を登る最中、風が強くなってきた。
更に、何処かからか、ボールの弾けるような音が聞こえる。
カラカラと、何か固いものが転がるような音も聞こえた。
三人共、何処か意地になっていたと思う。
そもそも、四階で引き返せばよかったのだ。

屋上である八階に辿り着いた。
屋上の鍵は錆びて壊れて開いていた。

私達三名はラプンツェルの塔の屋上に辿り着いたのだった。
夜風が強く吹き荒れている。

実際に来てみると、煌々とした遠くに見える夜景が綺麗で少し幻想的な場所だった。

私とアユナの二人は手すりの辺りに近寄って、地面を眺めてみる。
真っ暗な深淵のようなものが下から覗いているかのようだった。
髪の毛が強風にあおられて、ぐしゃぐしゃになる。

「男子に自慢出来るね」
屋上の中央の辺りで、レイカは月を見上げながら勝ち誇ったように言った。空を見ると、雲の隙間から半月が覗いていた。

三人共、そのまま、帰ろうかという話になった。
四階にホームレスが住んでいたり、不気味な声や音のようなものが途中、聞こえてきた事も男子生徒達に自慢してやろうと思った。私も含めて、何処か怖いもの知らずな部分があったのだと思う。
私とレイカの二人は屋上を一望したので、もう帰ろうという話になったが、アユナだけが何故かまだ居たいと言う。

アユナは何故かそれこそ、取り憑かれたように、ずっと手すりから地面の暗闇を眺めていた。彼女の髪の毛は風ではためいている。

「アユー、帰るよー」
レイカがアユナに催促する。

けれども、アユナは手すりから地面を見る事を止めない。
私は彼女の腕をつかんで、もう戻るように催促する。

「ねえ、アユナ、行こう」
「二人とも、先に行っていいよ。私はここをずっと、見ていたい」
アユナは私の顔も見ずに、満面の笑顔になる。私はとてつもなく、彼女の横顔が不気味で寒気さえ覚えた。

その時、ようやく私とレイカは気付いた。
明らかに、アユナはやばい状態だった。
私は必死で、彼女をゆさぶったが、一向にアユナは動かない。

「この場所にずっと、居たい。私はこの場所にずっと居たいよ」
そんな事を言う始末だった。
レイカも駆け寄って、何とか、アユナをこの手すりから引き離そうとつかみかかる。けれども、強い力で私とレイカは突き飛ばされた。

……完全にアユナはヤバい状態に陥っていた。
ぶつぶつ、ぶつぶつ、と、一人で何かを呟いていた。そして、手すりから身を乗り出していた。彼女の頭は強い風によってなびき、ぐしゃぐしゃと乱れていた。

「あの場所へ行ってみたいな」
私とレイカは身を乗り出す、アユナを何とか引き戻そうとしたが…………。

まるで、現実感が無く、映画やドラマのワンシーンでも見ているかのように、アユナは八階建てのビルの屋上から飛び降りたのだった。

下は暗闇だ
この辺りに街灯が灯っていなく、アユナの死体が見つからない。

私とレイカは悲鳴にならない悲鳴を上げていた。
思考が追い付かなかった。

レイカは突然、何か別のものを見て、涙を流しながら悲鳴を上げていた。

「ユリ……っ! 後ろ、後ろ見てっ!」
レイカに言われて振り返る。

ボロボロの白い服を着て、長くて黒い髪の毛を垂らした女がここに近付いてくる。一体、いつからそこにいたのだろうか。髪の毛はとてつもなく長く、終わりが見えなかった。女の顔はよく見えないが、確かに私達の方へと近付いていた。

私とレイカは後ずさりをする。
二人共、泣いていたと思う。

白い服の女は、レイカに狙いを定めて彼女を抱き締める。
レイカは恐怖に凍り付いていたが、女の顔を見て、何故かげらげら、げらげらと笑い始めて満面の笑顔になっていた。

白い服の女は首を動かして、私の方を見る。
それは、顔と呼んでいいものなのか分からなかった。

あらゆる人間の顔が、その女の顔には張り付いていた。男もいれば、子供もいる、老人もいる、あらゆる無数の小さな顔が苦悶の表情を浮かべて女の顔を形成していた。

私はもう、レイカを助けるどころではなかった。
必死で、私は逃げ続けた、屋上を出て、階段を降りて、この廃マンションから抜け出した。その後の記憶は朦朧としている。途中、何度も、何度も、発狂したような高笑いが聞こえたり、背後から突き飛ばされそうになったりもした。何かの咀嚼音のようなものも聞こえた。

私は何とか、この廃マンションの一階まで降りて、途中、タクシーに乗れた事までは覚えている……。

それから、私は一日中、寝込んでいたらしい。
二日後、学校に行ってみると、アユナとレイカの二人が学校に来ていない事を聞かされた。二人共、行方不明との事だった。
アユナは確実に死体となっている筈だ。運が良くても重症だろう。あの廃マンションの辺りを通りかかる者はいないのか……。

半月後に“ラプンツェルの塔”の中には女子高生らしき者が徘徊しているという話を聞かされた。
彼女はビルの二階や三階の辺りで、ぼさぼさの金髪を振り乱しながら、誰もいない何もない空間に向かって話し続けているとの事だった。それを近隣住民達が目撃したとの情報だが、詳細は分からない。髪の色が金髪という事は、きっとレイカだろう、彼女はあの廃マンションに、塔の上の黒髪の女に魅入られてしまったのだ。

私はあの事がトラウマになっていて、とてもあそこには近付こうとは思わない。

更に、後日。
私は、あの廃マンションに関して、新たに、こんな話を聞かされた。

廃マンション”ラプンツェルの塔”には、こんな噂がある。
童話ラプンツェルの話の中には、塔のラプンツェルに魅入られた王子がいる。

童話の中では、ラプンツェルは悪い魔法使いによって塔に閉じ込められたとされているが。
あの廃マンションのラプンツェルなる存在は、自らの怨念で地縛霊と化している。

ラプンツェルに魅入られた”王子”にあたる者は、塔の住民となって塔の中にいる。

それは、浮遊霊だったり、生きた人間だったりする。

魅了されたものが浮遊霊の場合は悪霊と化し、生きた人間の場合は狂人や廃人と化して塔の中で生活しているのだと。

そう言えば、四階にいたホームレス。
彼もあの塔に魅入られてしまった王子なのだろうか。

結局の処、アユナの死体も見つからず、レイカの存在も卒業を迎えると同時に忘れられ、二人の存在は他の生徒からも忘れられてしまった。



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