【怖い話】山での猟

中編の怖い話



都会の生活に疲れて、俺は山で猟師をする事になった。
以前の職場で貯めた貯金が残っている為に、仕事を辞めた後も多少の自給自足が出来た。それから日雇い派遣会社に登録して週に三、四回程度で現場に向かうというライフスタイルを選ぶ事にした。仕事の無い日は山に籠って、猟をしたり、テントを張って野営する生活だ。とにかく俺は現代社会に疲れていたのかもしれない。

熊の出る場所は避けて、キジや魚、あるいは鹿などを捕らえる事が多い。
元々、俺の伯父さんが猟師をやっていて、学生時代から山に連れていかれて、猟師をやる上での免許や山でのルールなどを教えてくれた。いざ、猟師をやってみると、猟師仲間などが沢山、出来た。

それは夏から秋になるくらいの頃だった。
四国のとある山の中で野宿を行っていた時の事だった。

俺がテントを張った場所の近くで火を焚いていた時の事だ。

何か得体の知れないものの気配が俺の下へと近付いてくる。
イノシシや熊の類では無い。
明らかに出会った事の無い生き物だ。

俺は猟銃を構えながら、近付いてくる生き物を警戒した。

そいつは森の木の影に隠れていた。人の形をしているが、明らかに人では無い。もちろん、猿とかそういった生き物でも無かった。どう言えばいいのだろうか。全身が真っ白で毛が生えていなかった。

そいつは、俺を見て不気味に笑っていた。

俺は猟銃を構えてそいつを脅した。
すると、そいつは不気味な笑いを残したまま、そのまま森の奥へと消えていった。

物の怪の類だろうなあ。
俺はそんな事を考えた。
伯父さんや他の猟師仲間から教えられていた。山には妖怪の類が住んでおり、様々な悪戯を山に訪れた者に行うらしい。少なくとも、山に行く以上はそういうのと遭遇する事もある事を覚えておけ、と教えられていた。

たとえば、医者や看護師も、半数以上が勤務先の病院で幽霊の類を見たりするらしい。やはり、特殊な職業や特殊な場所に踏み込んでいる人間はそういう類のものと遭遇するの
だろう。

俺はそんな事を思いながら、焚き木の火を消すと、山の怪異なんかに嘲笑われたくないという思いで、あの物の怪がいた木の陰まで向かったんだ。

俺は先程までそいつがいた場所を見て、ゾッとした。

木に文字が書かれているんだよ。
お経だろうか。
それから、齧られた魚や木の実。何故か強烈な腐敗臭が漂っていた。

俺は慌てて、テントへと戻った。

あの物の怪は明らかに人間の使う文字が書ける。それがどうしようもなく気持ち悪くて仕方が無かった。俺はそれでも強気でいる事にして、鹿の燻製を口にして酒も飲んだ。山鳥の焼き鳥も口にした。その後でテントの中で歯を磨いて寝る事にした。

翌朝の事だった。
鳥の鳴き声を聞いて眼が覚めた。

俺は昨日の事はなるべく忘れる事にして、もう何日か山に滞在する事にした。また、あの物の怪が出てきたら今度は猟銃で撃ってやろう。物の怪を仕留めた事を猟師仲間や地元の友人達に自慢できるかもしれないと思ったからだ。

その日、俺は昨日と同じように山鳥や山菜などを探しに行った。

山の中をいつものように歩いていると、これまで見た事の無い小道を見つけた。妙に日差しが照っていて、眩しい。俺はその小道を歩いてみる。すると、その奥は少し不気味な程、暗くなっており、どんどん山道から外れていく。雑草に覆われているが、何故か石畳を見つけた。この先に何かあるのだろう。俺は道を進んでいく。

すると、その先には祠があった。
かなりボロボロに朽ちており、手入れがまるでされていない。一体、いつのものなのかも分からない。そして、その祠の先には洞窟のようなものがあった。

洞窟の付近には、腐って、朽ちたしめ縄が転がっていた。

背中に背負っているリュックの中から懐中電灯を取り出して、洞窟の中を見てみる。岩場を避ければ降りられそうだ。
俺は興味を持ち、洞窟の奥へと入る事にした。
おそらく、昔、此処には何かを祀っていたのだろう。そして、此処は忘れられた場所なのだ。俺は慎重に足元に気を付けながら、洞窟へと入っていく。

入ってみると、意外な程に広い。
俺は足元に気を付けながら、洞窟の奥へと進んでいく。

懐中電灯の明かりで地面を照らしていく。

中には、奇妙なものが大量に散乱していた。

最初は何かのゴミの堆積物だろうかと思った。

どうも違った。

藁人形だ。

大量の藁人形が洞窟には敷き詰められている。
俺はその一つを手に取ってみた。
かなり古い。

丑の刻参りか何かだろうか……? 夜中に憎い人間の髪の毛などを入れて、藁人形に五寸釘を打ち込んで呪う奴だ。だが、それにしても妙に多い。

普通の登山家などだったら、あまりの気味悪さにすぐに立ち去ってしまうのかもしれない。けれども、俺は半ば世捨て人みたいに山の暮らしをしている。かえって、こういうものには強い興味を引かれて、更に奥へと踏み込んでみる事にした。

奥には神棚のようなものがあった。
かなり古く朽ちているが、仏像のようなものが置かれていた。

なんだかよく分からないが、此処は神聖な場所なのだろう。俺はリュックの中からカップの日本酒を取り出すと、それを仏像に置いてお祈りをしてみた。

そして、よく分からないまま、その場を立ち去る事にした。
山を降りたら、この山の事を猟師仲間から聞いてみる事にした。

俺はその日は採ってあった山菜や山鳥を使って料理を行った。

その夜の事だった。

何か人の泣き声がする。
啜り泣き声だろうか。

ああ、昨日の奴だな、とすぐに思い至った。

白い猿みたいな奴が、木の陰からこちらを見ている。
明らかに悪意を帯びた視線だ。

俺は猟銃を手にして、そいつに向かって撃とうとした。
かちゃ、かちゃ、弾が出ない。
弾切れだろうか。故障かもしれない。整備を忘れたなあ、と思い、俺は小さく溜め息を吐いた。
俺は仕方無く、猟銃ではなく、山刀を手にしてその化け物を脅そうと考えた。

化け物は歯を剥き出しにして、こちらを見て笑っていた。
ざしゅ、ざしゅ、と、俺は雑草を踏みしめていく。

俺が近付いてきた時、化け物は俺へと飛びかかってきた。
俺は山刀を振って化け物を追い払おうとする。

としゅ、と、変な音がして猿の化け物に刃物が当たった。
化け物は、悲鳴を上げて逃げていった。

多分、俺を喰い殺そうとでも考えているのだろうか。
さすがに不気味に思って、俺は明日には山を降りる事にした。
その日の夜はテントの中で、猟銃を整備していた。弾はちゃんと出る。もしかすると、化け物が銃に何かしたんじゃないかと思ったが、単純に俺の整備ミスだったみたいだった。俺はその夜は一睡もせずに化け物の襲撃に備えて銃を構え続けていた。動きはイノシシよりも遅い。二度程、出会った熊の方がよほど恐ろしかった。この夜くらいは何とかなるだろうと俺は考えていた。

朝起きて、化け物がいた木々の付近を歩いていると、相変わらず腐敗臭のようなものが漂っており、木にはお経のような文字がびっしりと刻まれていた。

そして、俺は山を降りて、猟師仲間達にこの事を話した。
仲間のうち、俺よりもかなり年を食っている五十を過ぎた初老の友人がこんな話をしてくれた。俺が遭遇した猿のような化け物に、その友人も昔、同じ山で遭遇した事があるのだと言う。友人は一度会ってしまい、命からがら、その日のうちに山を降りたのだと言った。

あの化け物の正体は諸説あるが、山の神から怒りを買い、化け物になった人間なのではないか、との事だった。時は昭和。四国のあの山の近くにある、貧しい農村での事だった。ある時、その農村では米が取れず、山の幸も取れず飢饉に陥っていた。その年には子供が多く餓死したのだと言う。

ある神社の神主がいて、山の神様にお願いをしたのだと言う。
神主さんが山の神様に祝詞でお願いをした処、次の年には飢饉を脱し、山の幸も取れるようになったのだと言う。その際に、村中の子供の数と同じ数の“ヒトガタ”と呼ばれる藁人形を作ったのだと言う。その藁人形は呪いに使われるものではなく、子供の身代りだったのだという。

ただ、その神主さんは欲深くて、山の神に願い事をする代わりに、村人達の財産を要求して私利私欲に及んだのだと言う。

その為に、山の神様に祟られて、神主さんは白い猿の化け物へと変えられて、永遠に山を彷徨う罰を受けたのだそうだ。

俺は五十路の友人からその話を聞いて、色々と合点が言った事があった。
あの猿の化け物が木に刻んでいた文字は、お経ではなく、祝詞だったんじゃないだろうかと。その事を友人に話すと、お前は神仏の類を一切信じないからなあ、区別出来なかったんだろうと笑われた。確かに俺は寺や神社が嫌いで、お参りなどをする習慣が無い。
ちなみに、仏像だと思ったものは、所謂、神社に祀られる、ご神体と呼ばれるものではないかと友人が指摘した。だが、何故、洞窟の中にそんなものがあったのかは結局、分からずじまいだった。

そもそも、怪異相手に猟銃と山刀で立ち向かった俺に対して、友人は、お前は本当に剛胆な変わり者だなと、楽しそうに笑っていた。あの猿に襲われて、大怪我をしたり、病気になったり、眼を引っかかれて失明した者もいるとの話だ。

怖くなかったか、と聞かれたが、俺は都会の生活での人間関係の面倒臭さの方がよほど怖かったと返すと、その友人はまた大笑いしていた。



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