【怖い話】不思議な小路

短編の怖い話



 うちの近所に、少し不思議な小路(こみち)があるんですよ。不思議というか、不気味って感じで……よっぽどじゃない限り通りたくないですね。
息子が2歳の時にそこを見つけて、それ以来近寄らないようにしています。

 息子が2歳の時だから、今から5年ほど前のことです。家を買って引っ越して来たんですが、当時この辺りは古い家ばかりでした。平屋の木造建築や、今にも崩れそうな錆びだらけのアパート……人が住んでいるのか怪しい荒れ果てた戸建て住宅。そんなのばかりでしたよ。
年寄りが多かったんでしょうね。明らかに何棟かの古い家を取り壊して建てた建て売り住宅も、住宅街の中に点在していましたから。うちが買ったのもそういう家なんですがね。
そういう場所だから、道も狭くてね。車が来たら歩けないような道幅でした。無理やり家々を押し込んだような、無理な区画整理の弊害ですね。
その不思議な小路というのも、そんな住宅街の中にありました。
日の当たらない、昼間でも暗いところで、人が歩いているところはあまり見たことがありません。
大きな道路に出ることの出来る近道のはずなんですが、誰かが利用しているようには見えないところです。

 この当時、私はまだ専業主婦をしていましたので、日中は息子を連れて住宅街の中をお散歩していました。本当は公園にでも連れていってやりたかったんですが、息子は公園よりもお散歩の方が好きだったようです。
あれはそう……暑い夏の日だったと思います。2歳だった息子の手を引いて、いつものように散歩に出掛けました。
家々の駐車スペースや庭先にあるものを見ては「ぶーぶー!」「ちりんちりん!」「じょーろ!」と甲高い声を上げる息子に、いちいち反応しつつ、それなりに広い住宅街の中を右へ左へと歩き回りました。
一時間ほど歩いた頃でしょうか。古い家ばかりが建ち並ぶ場所に出たんです。ブロック塀や生け垣で、どの家の様子も見ることが出来ない、一昔前の防犯対策が如実に現れているお宅ばかりでした。
その中に、細い小路がありました。ブロック塀と生け垣のせいで薄暗く、真夏だというのにどこか薄ら寒さを感じる……閉塞感のある場所です。
小路の先に自動車が通っているのが見えて、抜け道なんだなと分かりました。暑さもあり歩き疲れていた私は、息子に言いました。

「コウちゃん。ここを通って帰ろうか」

 しかし、息子は身動き一つしませんでした。私の手をぎゅっと握って、大きく目を見開いて立ち止まっていたのです。
散歩中は走りたがって制御するのが難しい子なだけに、変だな……と思いました。

「や、や!あっち!あっち!」

 普段あまりイヤイヤ言わない息子が、明確な拒絶の意を示したのです。
何が嫌なのか、私にはよく分かりませんでした。

「どうしたの?コウちゃん。ママとここを通って帰ろう?ほら、あっちに行けばぶーぶーあるよ」
「や!や!あっち!あっち!」

 小路を見つめる息子の目は、どこか怯えていました。
知らない人が立ってるわけでもない。ただの無人の小路の何が怖いのか……ヒステリックな息子の反応に戸惑い、そして苛立ちました。
私は強く息子の手を引いて、行くよ!と声をかけて小路に足を踏み入れました。
ところが……薄暗いその空間に入った瞬間、奇妙な違和感を覚えたのです。
それを、なんと形容したら良いのか……すぐ近くに、誰かがいるような気がしたんです。
人が近くにいる時って、なんとなく気配のようなものを感じるでしょう?そういうのがあったんです。

あ……誰かいるな……。

 私は咄嗟にそれに気付き、小路を通るのをやめました。
グズって泣き始めた息子を抱き上げ、逃げるように来た道を戻ったんです。
去って行く最中、息子が睨むように小路を見つめていたのが気にかかりました。

 そんなことがあってから数週間後。近所の小学校の校庭で夏祭りが開かれました。
息子を連れて参加すると、子供たちはみんな紐付きの風船を持っていました。祭りに来た子供に配っているもので、まだ2歳のうちの息子ももらうことが出来ました。
暗くなる前に、私たちは小学校を後にしました。
辺りは段々と薄暗くなり、蝉の声も昼間より少しだけ静かになっていたように思います。
ふわふわ浮かぶ風船が不思議だったのでしょう。息子は紐を強く握って、ご機嫌な様子で私と共に住宅街の中を歩いていました。
あっちへ、こっちへ……歩き回っているうちに、あの小路を見つけました。
歩いているうちに、ここに来てしまったようです。
空の薄暗さより、この小路の中の方がよっぽど暗かったです。不気味なほど、どんよりと濁った空気が充満しているようにすら思えました。

 こんなところ、無視して家に帰ろう……。

 そう思って歩みを速めようとした瞬間、息子が「あ!」と言って立ち止まりました。
どうしたのかと思い、私も足を止めて、息子が見つめる視線の先に顔を向けました。
そこに広がる光景に、私は驚きを隠せませんでした。

 小路の片隅に、小さな影があったのです。ブロック塀でも、自転車でも、植え込みでもない……細く伸びる“子供の影”が、地面にありました。

 この小路には、誰もいないのに……影だけが、まるで透明人間がいるかのように佇んでいました。

 見た瞬間、ぞわっと背筋が凍りました。早く立ち去ろうと息子の手を引くと、呆然とした息子の手から風船が離れていきました。紐から手を離してしまったのです。
風船は風に煽られ、ふわりふわりと小路へと流れて……あの影のところまで行きました。
ヘリウムガスが入れられた風船は、本来空へと上がっていくはずです。
ところが、風船は……地面に縫い付けられたように影のところでぴたりと動きを止めたのです。
それは、誰かが風船の紐を持っているかのようでした。

 目の前に広がる有り得ない光景に言葉を失っていると、影はゆらりと揺れて、こちらへと……向かってきました。

 私は恐ろしくなり、とにかく逃げなきゃと思って呆然とする息子を抱えて走り出しました。
振り返ることすら出来ず、その後あの風船がどうなったかは分かりません。

 あの時以来、あの小路には近寄らなくなりました。
どうもね、あの小路は“何か”がいるような、そんな空気があるんです。
それが何なのか……確かめたいとは思いません。足を踏み入れたら、戻れないような気がしますから。



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