【怖い話】海水浴場の怪

短編の怖い話



 今から10年以上前の話ですがね。小学校5年生の夏休みに、日本海側のある県に家族旅行に行ったことがあります。
当時僕が住んでいたのは海無し県だったので、海が綺麗なところで海水浴をして、美味しい海の幸を食べようって感じで、わざわざ遠い日本海側まで足を伸ばしたんです。
夏休みの海水浴場、行ったことあります?すごい混んでるんですよ。やっぱりね、みんな考えることは同じなんでしょうね。家族連れとカップルばかりでした。
大人ならそれだけ混雑していると嫌気も差しますが、子供は不思議なもんで、どんなに混んでても「海だ!海だ!」ってはしゃぐんですよ。
低学年の妹なんかは、海水浴が初めてだったもんですから大はしゃぎ。大好きなアニメキャラクターの描かれた水着を着て、次はいつ使うか分からない真新しい浮き輪を持って駆け回っていました。

 最初は浜辺で砂遊びをしたり、海に入って浮き輪で遊んだりしていましたが、それだけでは飽きて来ます。

「お父さん、これ膨らませて!」

 海の家でお昼ご飯を食べた後、父にビニールボートで遊びたいと訴えました。
畳一畳ほどの大きさの、ビニール製のいかだのようなものです。先日母の反対を押し切り父に買ってもらったもので、僕も妹もこれに乗るのを楽しみにしていました。
父は足踏み式の空気入れでボートに空気を入れ、それを持って海に入りました。
僕と妹が上に乗って、父がボートを引っ張りました。波に乗って、ざぶんざぶんと揺れるボートは浮き輪とは違った面白さがあり、僕たちは父に「もっと動かして!もっと動かして!」とねだりました。
父はボートを引っ張り、腰くらいの深さの場所でボートを揺らしていましたが、僕の中にどんどん欲が出てきました。それはきっと、妹も同じだったでしょう。

もっと沖まで行ってみたい……。

 父が引っ張ってくれている場所も、僕にとっては足がつかないくらい深い場所なんですが、もっと深くて大人が来れないようなところにも行ってみたくなったんです。
男の子にありがちな、冒険心だったのでしょう。
だからと言って、父に「もっと沖まで行きたい」なんて言えません。絶対に駄目だと言われてしまいますからね。

「お父さん。僕が妹を見てるから、休んでていいよ。お母さん一人にして、不安でしょ?」

 言葉巧みに、父に言いました。父も僕たちの相手をずっとしているのは億劫だったのでしょう。僕の言葉に表情を明るくしました。

「そうか。お前ももうお兄ちゃんなんだな。お父さんは浜辺でお母さんと休んでいるからね。あまり危ないことをするんじゃないぞ」

 そう言って、父は浜辺へと向かって行きました。
残った僕と妹は顔を見合わせ、ニヤリと笑いました。そして両手を使って沖まで漕いだのです。引きの力が強い波のおかげで、すぐに僕たちの乗るボートは沖まで流れて行きました。

「すごい!こんな遠くまで来ちゃった!」
「怖くなったらまた両手で濃いで戻ればいいさ」

 沖の方は誰も泳いでません。僕たちの特等席のような気がしました。
ゆらゆらと、波任せにボートは水面に揺れて流れて行きました。しばらくは遠くの景色を眺めていましたが、ふとボートの近くの水面に目を移しました。
その時……「あれ?」と目を疑いました。

海の中に、何かがゆらめいていたんです。

 魚かな?ビニール袋かな?もしかしたら、誰かの水着かな?そう思いましたが、それは服のようでした。
白い布地のようなものが、海の中でゆらり……ゆらり……と揺れていたのです。

「お兄ちゃん。あれ、なんだろう?」

 妹が僕の隣から身を乗り出して、水中を凝視しました。僕も一緒になってゆらめく白い何かにじっと目を凝らし……あることに気付きました。

白い服のようなものに、手のようなものが伸びているのを見つけたのです。

 真夏の暑さを忘れるほど、背筋が凍りました。ただの白い布が水中を漂っていたんじゃない……だからと言って、誰かか僕たちをからかうために水中に潜んでいるとも思えない。

これは、何かヤバイものだ……!

 本能的な部分でそう感じ取り、すぐに浜辺に戻ろうとボートを漕ぎ出しました。
ゆっくりとボートは進みますが、沖に来た時より動きはずっと遅い……当然です。波は引きの力の方が強いのですから。
それでも僕は、ここから離れなければと必死にボートを漕ぎました。さっきまでいた場所から少し離れた時、妹が「お、お兄ちゃん!あれ!」と叫び水中を指差していました。
そちらに目を向けて、息を飲みました。

 あの白い“何か”が、水中を歩いて……僕たちのボートの方へ向かっていたのです。
水の中で、ゆらり……ゆらり……と手を揺らしながら。
僕たちを追うように迫っていました。
やがてそれは大きくゆらめいて、黒い糸のようなものが、水面に散らばりました。
間違いなく、それは黒くて長い髪の毛でした……。
そして、白いお面のような顔が……水中から見えたんです。
目と鼻と口が、真っ黒な空洞のようになった……呪いのお面のような顔が。

その顔は僕たちを見て、ニタァ……と笑ったような気がしました。

 目が合ってしまった!焦った僕と妹はパニックを起こし、叫び声をあげながらめちゃくちゃにボートを漕ぎました。
その時です。

「動かないで!じっとしてて!」

 若い男性の声が聞こえて来ました。
ハッと浜辺の方角に顔を向けると、数名のライフセーバーのお兄さんがこちらに向かってすごい速さで泳いで来たのです。
彼らは僕たちのボートのそばまで来て、日焼けした顔に笑顔を浮かべ、

「もう大丈夫だ。お兄さんたちと浜辺に戻ろうね」

と声をかけました。
安心した妹はわんわん泣き出しましたが、僕はあの白い不気味な存在にまだ怯えていました。

「お、お兄さん……そこの海の中に、変なのがいるんだ。白い服を着た、髪の長い、お面みたいな顔のお化けが、こっちに向かって歩いてたんだ」

 僕の言葉に疑問を持ったのか、ライフセーバーの一人が海に潜って探っていました。しばらくして水面に顔を出し、彼は首を横に振りました。

「いや、何も無かったよ。魚もいないし、ビニール袋のたぐいもない。お化けなんていなかったよ」

 よっぽど怖かったんだね、と宥められながら浜辺に連れて行かれましたが、僕たちの見たものは幻でも勘違いでもありませんでした。
彼らは怯えた子供の妄想と片付けましたが、この世のものではないものが、そこにはあったんです。

 浜辺に戻り、僕と妹と両親はライフセーバーの方々からきつくお叱りを受けました。
僕は何度も「本当にお化けがいたんだ」と訴えましたが、若いライフセーバーたちは信じてくれませんでした。
しかし、一人だけ……責任者らしき中年男性だけは意味深な言葉を言っていました。

「ボートや船を水中から追いかけて来る化け物の話を、昔母親から聞いたことがあるなぁ。お兄ちゃんが見たのは、その化け物かもな」

 あの夏以来、僕は海水浴に行っていません。きっとこれから先も行くことはないでしょう。



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