【怖い話】渦巻きトンネルの噂

短編の怖い話



私の住んでいる家から数駅離れた場所に、新しい心霊スポットが出来た。
みなは“お化けトンネル”だとか“第二の犬鳴き峠”だとか言っているが、ここ、一年くらいの間で現れた心霊スポットだ。

最初は様々な名前で呼ばれていた場所だったが、その心霊スポットは“渦巻きトンネル”という名前で呼ばれ始め、その名前が定着しつつある。

心霊現象も様々なもので、夜中に女の鳴き声が鳴り響いてくる。老婆のようなものが徘徊している。頭の無い犬が走り去っていたなど、雑多なものに渡っていた。
奇妙な事に、渦巻きトンネルに関する逸話は聞いた事がない。
過去に事故があっただとか、大きな事件があっただとかいう話は聞かないのだ。それでも、地元では、そこは心霊スポットとして定着し始めており、実際に、トンネルに向かった人間は怪異に襲われる事が多いらしい。……出会う怪異の内容もちぐはぐで、様々なものに遭遇するらしいのだが……。

私は学校の友人であるサユリに誘われて、その“渦巻きトンネル”に行く事になった。女子高生の身であった為に、車の免許を持っている者はいなかったが、サユリの姉が車を出してくれる、という事になった。

「エミちゃん、って言うんだ。私はマナミ。よろしくね」
サユリの姉であるマナミさんは、いかにもお洒落な女子大生といった感じだった。

私とサユリ、マナミさんの三名で“渦巻きトンネル”に向かう事になった。途中は暗い森に覆われていて、野犬の遠吠えが聞こえてきたり、途中、薄着でランニングを行っている人間がいて、一瞬、不審者に見えたりした。そんな光景を見ながら、私とサユリは怖い怖いとはしゃいでいた。

目的地に到着すると、夜の9時くらいになっていた。
「エミちゃんは、こんな時間になっちゃって大丈夫? サユリの方は、私が先に親に連絡してあるんだけど」
「あ、はい、今日中に帰れば大丈夫だと思います」

トンネルの周りは鬱蒼と草木が茂っており、不気味な印象を受けた。

「じゃ、懐中電灯持ってきたので、入ってみようか」
マナミさんはそう言って、先頭を進んでくれた。
トンネル内はあくまで、車の通過地点といったところで、トンネルの先には普通の道路が続いているみたいだった。ただ、トンネル内は長く、歩いて行くと、先が見えない暗闇になっていた。

「このトンネル、4キロくらいはあるらしいわよ」
マナミさんはそう告げる。
「とても長いんですね……」
「どうなのかしら? 日本のトンネルの中では、それくらいの長さのものはザラにあるらしいけど」

三人で話し合って、車で通り抜ける事になった。
三人共、車の中に戻り、マナミさんが車のエンジンをかける。
ふと、サユリが何かを発見したみたいだった。

「あの、…………、……窓ガラス……、これって……」
サユリが後部座席の窓ガラスを指差す。
そこには、べったりと、手形のようなものが付いていた。

マナミさんは一度、エンジンを切って、後部座席の方を見る。

「うーん…………、これ、泥じゃないかなあ。……、何処かで付いたんでしょうね。でも、確かに手形に見えなくもないかな……」
マナミさんはボンネットの中からウェット・ティッシュを取り出すと、後部座席の窓ガラスの泥を綺麗に拭き取った。
「うちの車は、後ろにワイパー付いてないからねえ。でも、綺麗に拭き取れたみたいだし。じゃあ、今からトンネルの中を進もうか」
そう言って、マナミさんは鼻歌混じりで再び車の中に乗り込んで、エンジンを掛ける。暗く、照明がぽつり、ぽつりと照らされる長いトンネルの中を、車は走っていく。

マナミさんはカーオディオを弄り、最近、流行りのJ-POPを流し始めた。

大体、10分、15分くらい車を走らせていた頃だろうか。
トンネルは確か4キロ程度の距離の筈だ。
車なら10分もあれば、とっくに通り抜けている筈なのだが……。

「中々、通り抜けられないわね。40キロ以上は出しているつもりなんだけど……」
マナミさんは呟く。

トンネルの上の方から、何やら、不気味な音が鳴り響いていた。
どうやら、それが雨音だという事に気付くのに、私はたっぷり、十秒以上も用いる事になった。

「なに? これ……、なんだと思う……?」
サユリがおどおどと私とマナミさんの顔を見て、訊ねる。
ぴちゃり、ぴちゃり、と、雨が降り注ぐ音が鳴り響いてきた。

先ほどから車内に流しているJ-POPの音楽の中に、不気味な不協和音が混ざり始める。

「マナミさん…………」
私もサユリもかなり混乱し始めていた。

「出口の明かりが見えない。それに、車が重い……。何か、屋根の上に張り付いているような…………」
マナミさんは気丈な顔をしていた。
私とサユリに不安を抱かせたくないのだろう。ただ、明らかにマナミさんの顔は蒼ざめていた。ぴちゃり、ぴちゃり、ぴちゃり、ぴちゃり、と、天井がある筈なのに、止まない雨音が聞こえていた。

次に、どんっ、と、天井を叩く音が聞こえた。
どんっ、どんっ、と、天井を叩く音が何度も鳴った。

「マナミさんっ!」
私は思わず叫んでいた。
「分かっているっ!」
マナミさんは叫び返す。

外を見ると、急カーブに差し掛かっているみたいだった。
そう言えば、このトンネルは、真っすぐに進んでいるわけではなく、右に左にカーブを進んでいるような感じだった。言ってしまうと“渦巻き”の中を進んでいくかのような……。窓の外を見ると、外にぽつり、ぽつり、と、奇妙な明かりが灯り始めている。どうやらそれは、人魂のように見えた。

「マナミさんっ!」
私は叫び続けた。
サユリも叫び続けていた。
車内にはJ-POPに紛れて、人間の呻き声のようなものが聞こえていた。
それは、悲しみの声だったり、恨みの声だったり、様々な不気味な声が唱和していた。

しばらくして、はっと、気が付いた。
どうやら、トンネルの外へと抜け出せたみたいだった。

マナミさんは全身、汗だくだった。
サユリは泣きじゃくっていた。

「見て、時計…………」
マナミさんは自らの携帯を取り出す。
「ねえ、さっきから、時間が10分程度しか経っていない……、三十分くらい走り続けていたと思ったのに……」
マナミさんはそう言いながら、車の屋根を見る。
すると、屋根の上は明らかに、何者かが土足で踏み付けたような痕が残っていた。
マナミさんは、怖い、といった顔よりも、怒りのようなものを露わにしていた。

「何よ、修理代、いくらかかると思っているのよっ!」
マナミさんは、心霊現象に対して、そのような言い草だった。

「ねえ、サユリの様子がおかしい……」
私は半泣きになりながら、マナミさんに告げる。
サユリはずっと、おかしくなったように、泣き続けていた。全身を震わせながら、冷や汗を垂らし続けて、サユリはずっと泣いている。

「うん……。ちょっと、トンネルに戻れないね。遠回りしてから、それから、病院にサユリを連れていく。軽いパニックの症状だとは思うけど……」
そう言いながらも、さすがのマユミさんも少し不安そうな顔をしていた。

それから、一時間半程度掛けて、マユミさんは病院へと辿り着いて、サユリを病院に預けた。その後、私を家まで送ってくれた。

後日、サユリが退院出来ない事をマユミから聞かされた。
どうやら、まともにご飯を口にする事が出来ずに、時折、目が覚めては夢の内容を口にして、すぐに深い眠りに付いてうなされ続ける、という状態が続いているらしい。ご飯を食べられないので、病院で点滴を受けながら、栄養を取っているとの事だった。

当然、私は心配になったので、サユリの入院している病院へと向かった。
病室の中で、ベッドの中に横たわっているサユリを見つける。隣には、マユミさんが座っていた。

「……なんでも、ずっと、夢の中から、出られないらしいの……」

マユミさんが言うには、サユリは日に一、二回、起きてくる事があるのだが、夢の中の出来事を話し続けるらしい。夢の中では、いつも暗いトンネルの中を彷徨っていて、後ろから何者かが追い掛けてくるので、ただひたすらに逃げ続けるらしいのだ。トンネルに終わりは無く、出口らしきものは見つからない。ただ、暗闇の中を永遠に止まった時間のような場所で彷徨い続ける、といった内容らしかった。

「この前のショックなのかなあ……。まさかとは思うけど、何かに取り憑かれたのかも……。お医者さんも原因は分からないんだって……何処かにお祓いを受けに行った方がいいのかもしれないなあ……」
そう言うマユミさんの顔も、少し憔悴に満ちていた。

四日後、霊媒師の方に見て貰う事になった。
五十代くらいの女性の霊媒師だった。元々は手相や四柱推命などを商売にしているが、除霊なども行えるとの事らしい。

「そう……。その“渦巻きトンネル”という場所に行ってからこうなってしまったのね……」
霊媒師の女性は深く溜め息を付いた。

「妹はどうなってしまうのでしょうか……?」
マユミさんはクマだらけの顔で藁にも縋る想いで、霊媒師に頼っているのが分かった。

「まず、そのトンネルなんだけど……。調べてみたら、元々、何か大きな事件や事故というものがあって、心霊現象が生まれた場所ではなくて、たまたま出来た大きなトンネルを“みなが心霊スポットだと騒ぎ立てた為に、本当に心霊スポットになってしまった場所”みたいなのよ」
霊媒師さんは意外な事を述べていく。
私とマユミさんは目を丸くした。

霊媒師さんが言うには“渦巻きトンネル”は、みなの噂などによって、心霊現象が発生する場所になってしまったらしくて、そういった“負の噂”みたいなものは本当にあらゆる浮遊霊などを呼び寄せてしまうものらしい。ある種の“言霊”のようなものだと教えてくれた。

「この子の事を言うとね。つまり、この子は、この子自身の作り出した“悪夢”によって、霊障を受けているのね」
「どうすれば、妹は治るのでしょうか?」
マユミさんは半泣きになり始めていた。

「それは、彼女は自らを襲っているものを自分で払いのける強い意志を持つしかないのよね。今度、起きてきたら、私が話しかけてみるから、任せてね」
霊媒師さんは穏やかにマユミさんに言った。

そして、しばらくして、サユリが目を覚まして周りを見回して、長い回廊の中、蝋燭ばかりが敷き詰められたと話し出す。霊媒師さんは、それらは貴方の生み出した幻だから、存在しないもの、貴方を襲っている悪夢も、霊障も、貴方自身が作り出したものよ、と説明していく。

それから、二日くらい霊媒師さんはサユリに付きっ切りで傍にいてくれた。
サユリは見る見るうちに、回復して、一週間後には病院を退院する事が出来た。

それから、しばらくして、渦巻きトンネルの噂は次第に無くなっていった。
みなの作り出した“空想”や“妄想”の類が、本物の心霊スポットなるものを生み出してしまう事もある。私はあの件以来、その事を理解した。

サユリはあれから、数か月経ったが、たまに酷い悪夢にうなされて、夢遊病のような状態で眠ったまま何かを行っている事があるらしい。その時は、例の霊媒師さんを頼っているが、霊媒師さんいわく、サユリは未だ自分自身の生霊のようなものに取り憑かれていて、完全に払うには心の病のように時間を経過させていくしかないとの事だった。



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